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国際エコー賞受賞作に学ぶ顧客関係性戦略 【第1回】顧客ニーズと向き合い顧客のハートを捉えたキャンペーン 2018年 国際エコー賞 ダイレクトメール部門金賞 「Netflix Dinner」Netflix ニュージーランド
図らずもコロナ禍が企業のDXを後押しする中、ECサイトやSNSを通じて企業がユーザーに直接語りかける機会が増えています。メーカーが流通業者を介さず直接ユーザーに商品を売るD2C(Direct to Consumer)への注目も高まり、従来のマス広告とは違う「ユーザーにダイレクトに働きかけるマーケティング活動」が今後ますます重要になっていくことは間違いありません。
そこで、国際的なマーケティングアワード「国際エコー賞」の最終審査員を務める当社の戦略推進室 室長 藤枝テッド和己が、受賞作を例にダイレクトなマーケティングのポイントについて解説します。
国際エコー賞の概要について
―――まずは国際エコー賞についてお聞きします。これはどういった賞なのでしょうか?
藤枝: ANA(米国広告主協会)主催の世界的なマーケティングアワードです。企業からエンドユーザーに発信したダイレクトなメッセージに対して、こだま(エコー)のようにレスポンスが得られたマーケティング活動を評価し、表彰しています。
広告の世界的なアワードというのはたくさんありますが、有名なものはクリエイティブの部分にフォーカスが当たっていますよね。それに対してエコー賞は、マーケティングの仕組みや手段そのものを重視した賞になっているのが特徴です。
―――もとはダイレクトメールが中心の賞だったそうですね。
藤枝: エコー賞がスタートしたのは1929年、まだテレビCMが一般的になる前のことです。その当時の広告といえばマッチ箱や電信柱、新聞などがありましたが、ユーザーに直接メッセージを届ける方法といえば今でいうところのダイレクトポスティングが主流だったんですね。
その後、大量消費の時代がやってきてテレビCMが生まれましたが、テレビCMは基本的に企業からのメッセージを不特定多数の対象に送るものです。ちゃんとエコーを返してもらえるような、対象を特定したマーケティング活動を考えると、やはりダイレクトメールが主流という時代は長く続きました。それでエコー賞の中心もダイレクトメールだったんです。
しかし現在ではデジタル技術が進歩したことでメッセージを特定対象に直接届けられる手段が増え、ダイレクトメールはあくまで一部門になりました。全体では37部門、応募作品は約30国から5000点以上集まる、世界的にたいへん権威のある賞となっています。
―――各国の作品を比べて評価するというのは難しそうですが、どのように審査されているのでしょう?
藤枝: 当然マーケットの事情というのは国によって違いますから、例えばブラジルからの応募作品を審査するには、ブラジルのマーケットを鑑みて評価する必要があります。
審査の流れは以下のとおりです
①一次審査
約200名の一次審査員がオンラインで個別に応募作品をチェックします。そこで高得点を得た各部門の上位10作ほど、数にして400件弱が最終審査に進みます。
②最終審査
約80名の最終審査員が部門ごとに集まってディスカッションして審査します。
最終的に各部門でゴールド、シルバー、ブロンズの三作品が選ばれ、さらに全部門のゴールドの中から評議員によってグランプリが1作だけ選ばれます。
一次審査は審査員が個別に得点を付けていくので、審査員の主観が反映されやすいのは事実です。欧米の審査員はデータで判断するのに対し、日本人の審査員はクリエイティブの好みで決めてしまいがちですね。しかし審査員が200名ほどと多いので、たくさんの意見が集まることで結局平準化されていきます。
さらに最終審査ではディスカッションをして議論を深めながら決めていくことで、クオリティを保ち、基準を揃えるという調整を担っています。現在の最終審査は審査員全員の同意が得られないと得点が決まらないようになっていて、かなり厳密に評価が決められています。
―――最終審査の審査員は各国のマーケティングの事情に詳しい方なのでしょうか?
藤枝: 当然、自国のマーケティング事情には詳しくないといけないですが、各国の事情については審査の場や審査期間中の審査員同士の交流で情報交換して得ていくことになります。
国によってマーケットの違いというのはありますが、マーケティングのやり方、使うツールなどはだいたい一緒なので、たとえば世界各国のマーケット事情に詳しいような人よりも、マーケティングの手法を熟知した人が審査員に選ばれています。
なぜ世界的にエコー賞が注目されているのか
―――なぜこれだけ多くの国から応募作品や審査員が集まるようになったのでしょうか?
藤枝: エコーを得られるマーケティングというとダイレクトメールが長らく主流だったわけですが、デジタル技術の進歩によりいろいろな形で直接的にメッセージを届けられるようになってきました。
郵送よりも低コストでシンプルな方法がたくさん生まれてきたことで、いろいろな国で活発にマーケティング活動が行われるようになっていった。それに伴って、世界各国から作品が集まるようになってきました。
―――デジタル技術の進歩が重要な役割を果たしているんですね。
藤枝: そもそもダイレクトにメッセージを届けるには何をしないといけないかというと、データを得ることなんですよね。
たとえばテレビCMだったら、この時間帯にはこういう人たちが見ているだろうという想定で、それに即した広告を流します。この人が必ず見ているというような確実なデータはないのです。
ところがお客様にダイレクトにメッセージを届けようとすれば、相手がそこにいることを確実に知っていなければなりません。それにはさまざまなデータが絶対的に必要です。
デジタル技術の進歩によってデータが集めやすくなり、よりメッセージを届けやすくなった。そしてダイレクトなメッセージにはエコーが返ってくるので、そのメッセージがよかったか悪かったかはっきりする。
マス広告と同様、またはそれ以上に手間をかけ、考え抜かれたマーケティング手法を駆使しないとうまくいかないわけですが、膨大なデータを集めそれを整理することができるようになったという、デジタル技術の進歩がそれを支えているわけです。
―――マーケティング活動がより高度になってきたということでしょうか。
藤枝: マスメディアが出てくる以前はそういう労力がかかるのが普通のマーケティング活動だったんじゃないかと思っているんです。現在はそれに戻ってきてるんじゃないかと。
さらに今ではメッセージだけじゃなく、デジタル上でモノを受発注することだって当たり前になってきました。メーカーがダイレクトに商品を売るD2C(Direct to Consumer)が非常に注目を集めていますね。
エコー賞は「メッセージを届けるためにデータを読み込んで戦略を立て、実行する」という基本的なマーケティング活動を評価する賞ですので、受賞作品の考え方はD2Cをはじめようという企業にも参考になると思います。
エコー賞受賞作品「Netflix Dinner」から学ぶマーケティングのストーリー
―――では、受賞作の紹介をお願いします。
藤枝: 今回は2018年のダイレクトメール部門金賞を受賞した「Netflix Dinner」を紹介します。
これはニュージーランドのNetflixが実施したキャンペーンです。
Netflixはオリジナルコンテンツを強みとするオンライン動画配信サービスですが、競合サービスの増加でどんどん競争が激化し、顧客の脱落が問題になっていました。特に視聴契約の更新は重要で、視聴契約の更新促進する必要があったのです。更新の申し込みをしてくれた人たちに対し、人気ドラマの重要なシーンに登場し、名脇役ともいえる役割を果たした料理を実際に体験してもらうというキャンペーンが企画されました。
House of Cardsという人気ドラマで、ケビン・スペイシー演じる主人公フランク・アンダーウッド議員が好んで食べるフレディのBBQは、主人公が野望を実現していく上での活力源となるものです。House of Cardsを観て、楽しむなら、このBBQの味は不可欠なのかもしれません。
ドラマの世界をより深く体験してもらうことは、どんなノベルティを貰うことよりも、契約更新の理由になる。まさにドラマを一層「味わい深い」ものにしてくれるのです。
―――このキャンペーンのどこが評価されたのでしょう?
藤枝: まず、エコー賞の審査について説明します。ポイントは大きく4つあります。
- データの活用 データがきちんと使われているか。
- 戦略性 その問題点を解決するために何をするか。
- クリエイティブ 戦略を表現に落とし込んでいるか。
- 結果 問題解決の結果が数値に出ているか。
「①データの活用」はもっとも重要な要素です。どのデータを使って、どんなふうに問題点を抽出できたかですね。
その次は「②戦略性」。データから抽出された問題点を解決するために、どういう戦略をとったかというところです。日本人はここが弱い傾向がありますね。
その戦略に基づいて「③クリエイティブ」をきっちり作り込めているか。見た目のデザインだけなく、キャンペンーンの設計なども含みます。企業がユーザーに届けたいメッセージそのもの、それを見て行動変容を起こしてもらうためのものなので、これもとても重要です。
最後に「④結果」です。ほかの段階がどんなにすぐれていても、データでわかる結果が出ていないと審査から外されます。
審査の比重としては、データの活用は絶対条件として、あとは戦略40%、クリエイティブ30%、結果40%くらいの配分になっています。
これをもとに「Netflix Dinner」の評価のポイントを説明してきましょう。
データから問題を抽出している
もともとNetflix自体がものすごくデータを重要視している企業なんです。
テーマになった米国版「HOUSE of CARDS」自体もユーザーの嗜好を読み込んで作られたドラマでした。
まずイギリス版「HOUSE of CARDS」があり、これを見ていたユーザーがほかにどんな俳優や監督の作品を好んでいるのかというデータを取り、それをもとに主演男優と監督を選んで米国版が作られています。
もちろんキャンペーン自体もデータをしっかり読み込まれています。
離脱者のデータを見ると、それまで熱心にドラマを見ていた人たちが長いドラマのシーズンの変わり目に離脱してしまうケースが多かったんですね。ですから、ドラマをより深く体験してもらうことが、次のシーズン視聴につながると考えられた。
ドラマそのものに問題解決を求めた
長く顧客だった人たちを引き留めるには月額の利用料を下げるなどの方法もあるのですが、ここではその手法は取られませんでした。
そもそもNetflixのオリジナルコンテンツを気に入って契約していてくれた人たちですから、顧客ロイヤリティ向上には月額の利用料の値下げはあまり寄与しないと考えたわけです。
コンテンツビジネスにおける顧客ロイヤリティへの戦略構築は、多くの審査員に評価されました。
そして着目したのが食べ物でした。ドラマに出てくる印象的な料理を視聴者に提供し、ドラマの登場人物と同じものを食べてもらうことで、ドラマを追体験してさらにドラマの世界へと引き込むことを狙ったわけです。クリエイティブとして高く評価できます。
再契約率25%アップという大きな成果
結果として再契約率はキャンペーン前に比べて25%アップ、シェア・オブ・ボイスも89%
というちんとした結果を出しました。
ドラマと同じ料理をプレゼントするというのは、一見しておもしろいキャンペーンですが、ただおもしろいだけではなくきちんとデータに裏付けられて成功している。このマーケティングの図式がきれいにできあがっているのが評価のポイントです。
―――もしここで問題解決のために値下げを選択していたら、どうなっていたでしょう?
藤枝: 値下げ合戦を巻き起こすか、値下げ合戦に巻き込まれることになるでしょうね。あと、このようなコンテンツビジネスにおいては「コンテンツの価値」が重要で、コンテンツの価値を下げる「値下げ」は、コンテンツ(の価値)を支持する消費者を裏切ることにもなりかねない。コンテンツマーケットにおいて消費者は、質の高いコンテンツを求めていているのです。コンテンツの価値こそ消費ニーズです。
やはり重要なのは、ドラマの視聴体験でコンテンツの価値を高めることが顧客ロイヤリティ向上につなげていくという戦略だったと思います。
ユーザーは何を求めているんだろうということは、データをよく見ればわかります。しかし値下げはデータを見なくてもできてしまうので、マーケティングとしては安易な方法です。
ユーザーが求めているものは何だろうと考えるところにマーケティングの本質がある。ただ一人ひとりの行動を見ているだけではわかりません。たくさんの人の行動がデータ化されて見やすくなってはじめて、この人たちはこういうのが好きなんだ、求めているんだ、ということが見えるようになってくるわけです。だからデータが重要なんですね。
エコー賞の受賞作品には、マーケティングの成功の方程式がある
藤枝: テレビCM全盛期なら、一方的にメーカー側の流したいメッセージを流していればよかったんです。100人の視聴者に向けてメッセージを流し、それに反応してくれる人が商品を買ってくれればいいという。ところが今の時代ではそれではユーザーがついてこなくて、最悪、100人に100通のメッセージを届け、それに100通のレスポンスがあって、そのレスポンスに応えてあげないと物が売れないような時代になってきました。デジタルの技術が進化したおかげでそういうことができるようになっています。
さらにはメッセージだけではなく、モノの売り買いもできるようになりましたよね。
メーカーが流通業者を介さず直接ユーザーに商品を売るD2C(Direct to Consumer)がますます注目されていますが、これもダイレクトにマーケティング活動をするという意味ではエコー賞で評価されている作品と通じるところがあります。
エコー賞の受賞作品というのは、ロジックが明快な作品が多いので、ダイレクトなマーケティングの成功の方程式のようなものとも言えます。また興味深い受賞作を紹介していきますので、参考にしてみてください。
―――ありがとうございました。本ブログでは今後も受賞作を1作品ずつ紹介しつつ、マーケティングの考え方をお伝えしていきます。次回もどうぞお楽しみに。
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資料をダウンロードする藤枝テッド和己
西川コミュニケーションズ株式会社 戦略推進室室長
ANA国際エコー賞 最終審査委員・評議会準委員
2000年代後半より、米国のマーケティングサービス会社にてショッパーマーケティングの開発に従事し、 多国籍企業のショッパーマーケティングプロジェクトに参画。
その後、 米国のマーケティングサービス会社の日本法人のマネージングディレクターや日本代表を歴任し、 2018年より現職。国際エコー賞では最終審査委員を務める。
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