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【第2回】国際エコー賞受賞作に見る、海外のDXの現在地 企業メッセージの発信を変革するアプリ 2020年 国際エコー賞 テクノロジー/通信部門 金賞「Kupu」/Spark(ニュージーランド)
デジタル技術で人々の生活やビジネスを変革させていくという「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。なかなか終息の兆しが見えないコロナ禍にあって、その重要性はますます注目されています。
しかし、日本のDXやデジタル化は遅れているとも言われています。海外の状況はどうなっているのでしょう。今回は、国際的なマーケティングアワード「国際エコー賞」の最終審査員を務める当社の戦略推進室 室長 藤枝テッド和己に、国際エコー賞の受賞作を例に海外のDXの現状について話を聞きました。
※「国際エコー賞」の詳細についてはこちら>>>
デジタル化の3つの段階と、日本の今
―――日本のDXは海外に比べて遅れているとよく言われますが、実際に海外のマーケティング活動などと比べてみていかがでしょうか?
藤枝: DXというのは文字どおりデジタル技術によるトランスフォーメーション、つまりデジタル技術で変革を起こすという概念であり、国際エコー賞の受賞作はどれもマーケティングのやり方そのものを変えていくというまさにDXにチャレンジしているものです。
しかし日本の事例はまだまだDXといえるものは少なく、そういう意味では、日本のDXが遅れているのを感じざるを得ません。
―――デジタル化というのは、一気に進むものなのでしょうか?
藤枝: デジタル化と一口にいっても、それぞれ段階があります。下の資料をご覧ください。
デジタル化の3段階
第1段階:デジタイゼーション
例えば紙にペンで記入していた帳簿をパソコンで作成するようになるなど、アナログの業務をデジタル化するという段階です。ここではパソコンなどの設備投資が必要になるため、お金がかかることも多いです。
第2段階:デジタライゼーション
デジタル技術を使って、業務効率や製品の付加価値を向上させていく段階です。その結果、主に費用や労力を削減したり、節約できたりします。
第3段階:デジタルトランスフォーメーション(DX)
単に効率化やコストカットするというのではなく、デジタル技術を用いてビジネスやマーケティングのやり方自体を大きく変えて、新しいお金の稼ぎ方や、働き方が始まることをいいいます。
要するにDXというのはただアナログ業務をデジタル化するということではなく、それをもって経営や事業そのものに変革を起こすことをいうのですが、日本で見られるデジタル化の事例はほとんどまだ第2段階、デジタライゼーションの段階にあると思います。
国際エコー賞の受賞作品から見る海外のDX事例
―――では、海外のデジタル化の事例ではどうでしょう?
藤枝: 2020年の国際エコー賞において、通信事業者などがエントリーする「テクノロジー/通信部門」で金賞を受賞した「Kupu」というアプリを例に紹介しましょう。
これはニュージーランドの大手通信キャリアであるSparkが、ニュージーランドの先住民の言語であるマオリ語を普及させるものとして配布したアプリです。スマホのカメラで目の前にある何か、例えばシューズを撮影すると、シューズを表すマオリ語の単語が画面に表示されて、発音も聞くことができます。
日々の暮らしに密着する「生きたマオリ語」を学べるアプリとして話題になり、非常に多くの人にダウンロードされました。
―――なぜ、通信キャリアが言語の普及アプリを配布したのでしょう。
藤枝: 背景として、5G(第5世代移動通信システム)の存在があります。超高速で大容量、遅延も少なく同時に多くの通信が可能になるこの通信規格の整備は、もはや国家のインフラ整備ともいえる重大な事業です。Sparkとしては自社がこの国家のインフラを担うに値する企業であることをユーザーに認知してもらい、その信頼性で契約者を呼び込みたい。そのために何をすべきか? そこで着目したのがマオリ語だったんですね。
マオリ語というのは、そもそもは先住民の言葉ですが、移民国家であるニュージーランドの人々にとって、ニュージーランドのアイデンティティを求めたときにたどり着いた文化の象徴です。1987年には「マオリ言語法」が制定されてマオリ語の保存が義務付けられ、多くのニュージーランド人が学ぼうとしています。しかし、マオリ語の話者は人口の3%ほどまで減っているという現実もありました。
そこでSparkは自分たちが国家のインフラの担い手、すなわち国家のアイデンティティと文化の担い手であるというメッセージをこめて、マオリ語の普及アプリを配布したんです。
ニュージーランドの先住民であるマオリの人々が使った「マオリ語」。1987年に制定された「マオリ言語法」で保存が義務付けられている。
―――アプリの配布を通して企業メッセージを届けたということですね。
藤枝: もともとアプリは企業から各ユーザーへ1対1のメッセージを発信するのに適したツールです。テレビCMのように一方的に発信された固定のものを受け取るのではなく、人それぞれが自分に合った使い方ができるという点で、1対Nのコミュニケーションとは違うOne to Oneの関係が成立します。
「Kupu」でも、自分の目の前にあるものを撮影して単語を知るという利用者自身の行動によって、「Sparkは文化の担い手としてマオリ語の普及に取り組んでいます」というメッセージをニュージーランドの人々に体験させることに成功しました。
これはもはや単にモノを売るという従来型のマーケティングとはまったく違ったものになっていますよね。Sparkは何もマオリ語の普及を事業にしているわけではないけれど、アプリの配布を通して言語文化に貢献し、アイデンティティの確立を支援している。それが結果として企業の信頼度を高めている。
マーケティングと事業そのものがイコールで結びつくような、新しいやり方です。事業のあり方そのものを変えたDXの好例と言えるでしょう。
「Kupu」はマオリ語で「言葉」という意味。
―――従来型のマーケティングとの大きな違いはどこでしょう?
藤枝: 例えばの話ですが、従来型のマーケティングなら、マオリ語の教師を育成する団体に寄付をする、マオリ語の教科書を作って配布するなどして、マオリ語の普及に取り組んでいますという姿勢を示そうとしたのではないでしょうか。そして、その活動をPRするテレビCMを流す。そのように企業側から一方的なメッセージを発信するのがこれまでのマーケティングでした。
―――確かに、そういったキャンペーンも以前はよく見られましたね。
藤枝: しかしこれだけ価値観やマーケティングツールが多様化した現代では、1対Nの一方的なメッセージはもう届きにくい。できるだけ一人ひとりに、ダイレクトに届けることが重要になっています。
そのダイレクトに届けるということを「Kupu」というアプリひとつで実現したわけです。これならある人はシューズを検索し、ある人は食事を検索し...と、人それぞれの使い方ができますよね。しかもダウンロードしてすぐ使える。
この手軽さやおもしろさが社会的な価値を生み出し大きな反響を呼び、「Kupu」は大変なダウンロード数を記録しました。エコー賞ではそこがもっとも評価された部分です。
スマホで撮影した画像をAIが解析し、それをマオリ語でなんと表現するかを画面に表示。発音も再生される。ユーザーそれぞれの使い方が可能。
―――単にデジタル技術をうまく活用していることが評価されたのではなくて、大きな成果が上がったことが評価につながったのですね。
藤枝: はい、エコー賞の審査はあくまでキャンペーンの結果ありきです。逆説的な話になりますが、大きな成果を上げたマーケティング活動にまず注目して、それはどういうものだったのかというのを遡ってみていくんです。それは「Kupu」も同様です。そしてDXは、そもそも大きな成果を伴いますから。
デジタル技術をマーケティングに取り入れていることや、効率化やコストカットを実現していることなどが驚きをもって受け止められたことも過去にはあったのでしょうが、そんな時代はエコー賞においてはもう完全に終わっています。
あくまでマーケティングの結果を出しているから評価をする。その評価されたマーケティング活動を見ていくと、デジタル技術で変革を起こしているものが増えてきた、ということです。そういう意味で、海外はデジタル化がDXという段階に進んでいるといえますね。
日本のDXの進化はこれから
―――日本のマーケティングでは、変革を起こしているような事例はまだまだ少ないということですね。
藤枝: とはいえ、デジタル化の段階というのは進化の過程そのものです。日本はまだデジタライゼーションの段階にいるといっても、コロナ禍においてデジタル化の重要性は増していますし、これからDXの段階に進んでいくでしょう。
一歩先行く海外の事例を知るうえで、国際エコー賞の受賞作品はとても参考になると思います。今後このブログで紹介していく中にも、DXの事例は登場すると思いますので、ぜひご一読ください。
また、弊社ではエコー賞に応募してみたいという方へのサポートもしております。2021年の募集要項について決定次第お知らせしますので、ご興味のある方は下記のお問い合わせフォームからご連絡ください。
2021年の国際エコー賞応募要項をご希望の方はこちら!
国際エコー賞に関するお問い合わせ藤枝テッド和己
西川コミュニケーションズ株式会社 戦略推進室室長 ANA国際エコー賞 最終審査委員・評議会準委員 2000年代後半より、米国のマーケティングサービス会社にてショッパーマーケティングの開発に従事し、 多国籍企業のショッパーマーケティングプロジェクトに参画。 その後、 米国のマーケティングサービス会社の日本法人のマネージングディレクターや日本代表を歴任し、 2018年より現職。国際エコー賞では最終審査委員を務める。
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