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デジタル時代の定性調査とは XR技術が牽引する、メタバース模擬店舗への挑戦
マーケティング 2022.09.13

デジタル時代の定性調査とは XR技術が牽引する、メタバース模擬店舗への挑戦

消費者ニーズが多様化する現代において、定性調査は消費者意識の把握や行動の仮説づくりにますます欠かせないものとなっています。
今回は、西川コミュニケーションズでフェムマーケティングハウス担当 役員補佐の中川裕朗が、当社のグループ会社であり、消費をリードしている女性への定性調査を得意とするフェムマーケティングハウス最高顧問の仲田恭子氏にインタビューしました。
コロナ禍を経てオンラインでのインタビュー調査が普及する中、さらにその先を見据えた模擬店舗調査のオンライン化への取り組みについて語り合います。

何を探り出すものなのか? 定性調査の基礎知識

中川: まず、定性調査とは何かという基本の部分についてお聞かせください。どのような目的で、どのように行われるものなのでしょうか?


仲田: 定性調査とは、インタビューなどを通して人の話す言葉や動作、表情などを収集し、生活のあらゆる場面での人の動きを明らかにするマーケティングリサーチの手法のことです。

一方、認知度や購入率、顧客満足度といった明確に数値で表せるものを収集・分析する手法を定量調査といい、この定性調査と定量調査がマーケティングリサーチの代表的な手法となっています。

定量調査と定性調査の代表的な手法の解説


中川:
 定性調査はどのような場面で行われるものでしょうか?

仲田: 調査を必要とするクライアントの要望や目的によって異なりますが、基本的にはマーケティングのすべての段階に関わってきます。

まずはニーズの把握。消費者がどんな商品やサービスを求めているのかという情報の収集は欠かせません。

それからニーズに基づいた商品づくり。具体的にどのような商品をつくればいいのかという調査が必要になります。

そして発売前の商品テスト。パッケージの評価や商品を手に取ったときの感想など、被験者の反応を探りながらテストを繰り返します。

いよいよ商品が市場に出てからも、どう受け入れられたのかという消費者の反応も探らなくてはなりません。売れ行きや、実際の店舗でどのような買い方されているか、どの部分をいいと思って買われているのかといったことを調査します。


中川: 商品を作って売る、すべての段階で求められるものなのですね。


仲田: マーケティングそのものが企業の活動のすべての段階に関わるものですからね。その意思決定の手助けとなる調査も、やはりすべての段階で重要になってきます。定量調査においても同じことで、データの収集方法が違うだけでどちらもマーケティングのすべての段階で有用なものです。

これだけ幅広いものですので、どんな情報を収集したいのかによって手法もさまざまにあり、フェムマーケティングハウス(以下、フェム)では以下の手法に対応しています。

デプス インタビュー(1on1調査) 生活者心理に精通したモデレーターが被験者一人(場合によっては二人)と対峙し、被験者の深層心理に迫ります。
フォーカス グループ インタビュー 5~8人の被験者が参加する座談会形式の集団インタビューで、幅広い意見を収集します。
ホームビジット(観察)調査 調査担当者が被験者宅に戸別訪問し、当該品の使用場面・状況・使用法などを観察・インタビューします。
ホームユーステスト 被験者に当該品を家庭で一定期間使用してもらい、使用実態や使用感、気づきなどを記録します。
ショップアロング
(買い物行動追跡・観察調査)
実際の売り場に近い模擬店舗などで被験者の買い物行動を追跡し、商品陳列やPOP掲示など売り場づくりの情報を得ます。
アイトラッキング 被験者の頭部にトラッキング機能のあるカメラを装着し、被験者がどこをどのように見ていたかのデータを収集します。
エスノグラフィ(行動観察調査) 生活者の日常生活の現場を観察し、生活者のニーズの発現や購買行動の実態をつかみ、「何故そうなのか」を探ります。

定性調査の出来を左右する、被験者の反応

中川: 調査の結果はマーケティングの成否に関わる重要なデータになるわけですね。有用なデータを集めるためには、どんなことが必要になってくるのでしょう?


仲田: 調査の出来不出来を左右するのは、参加される被験者の方の質がすべてですね。商品に対するさまざまな評価をたくさん持っていて、何の、どこが、どうして好きなのかといったことを、ちゃんと答えられる人を揃えられるかどうかにかかっています。


中川: フェムでは調査への適性をしっかりと見極めるために、被験者として応募されてきた方の採用にはかなりの工数をかけていますね。この的確なリクルーティングが質の高い被験者を揃えるポイントでしょうか。


仲田: そうです。被験者として応募いただいた方、一人ひとりにフェムの社員であるリクルーターがしっかりとお話をし、スクリーニングしています。応募者がどういう方なのか、この方に参加いただくことでどういう調査ができるのかということを思い描きながら判断しています。

被験者のリクルートにここまで時間をかける、しかも自社の社員がイチから応募者のスクリーニングをするということは、調査会社としては珍しいのではないでしょうか。それこそがフェムの強みになっていますね。


中川: ご自身の感性や評価をしっかり言葉にできる被験者の方がいるからこそ、有用なデータの収集が可能になるのですね。


仲田: もちろん、反応を引き出すモデレーターの技術も重要ですよ。定性調査は、言葉や動作、表情といった、目に見えるもの、耳に聞こえるものを拾い、その心の奥にあるものを取り出すことが一番のポイントになります。それは人と人とのコミュニケーションの中から生まれてくるものですから、双方が揃わなければいい調査になりません。

コミュケーションといえばもうひとつ重要なのは、実際に顔を合わせて行う対面の調査であること。
「好きです」という評価一つでも、どの程度の「好き」かというのは表情を見ればある程度、推し量れます。はしゃいだように「すごい好きなんですよ~!」と言うのか、冷静に「好きですね...」と言うのか、表情や言い方によって程度が変わってきますよね。それを把握するために、定性調査では被験者と対面で調査することが重視されてきました


中川: しかし、コロナ禍によってそれが難しくなりました。今では一部の調査をオンラインでもされているのですよね。


仲田: 被験者はフェムのモニタールームに集まり、それを見るクライアントはモニター越しにオンラインで...ということは以前からあったのですが、コロナ禍以降は被験者も自宅にいるという完全なオンラインでのインタビュー調査がスタートしました。

とはいえ今後もオンラインは主流にはならないですね。フェムでは一番多い時期でもオンラインで実施したのは5割ほどです。緊急事態宣言の解除後は被験者を集めてリアルで実施したいという問い合わせも多く、やはり対面のほうがニーズは高いと感じています。

ただ、オンラインでも定性調査ができるとわかったのは新たな発見でした。リアルよりも得られる情報量は少ないかもしれないけど、コロナ禍だからといって何もできないのでは事業は進まないわけで、なんとかオンラインで進めていくことができたことは大きかったです。



売りの現場の再現を目指す メタバース模擬店舗への挑戦

中川: とはいえオンライン化自体が難しい調査もやはりあります。そのハードルをデジタル技術でクリアできないかということで、現在フェムと西川コミュニケーションズ(以下、NICO)で取り組んでいるのが、メタバース上での模擬店舗調査です。


仲田: 模擬店舗調査は、スーパーやドラッグストアなどの店舗を再現した設備を用意し、リアルな売りの現場での被験者の反応を探るという調査です。

フェムではクライアントの要望で15年ほど前から社内に模擬店舗を常設しており、さまざまな調査を続けてきました。実施回数も多い重要な調査なのですが、どうしても被験者にフェムまで来ていただくことになるため、オンライン化が難しいのです。

フェム社内の模擬店舗
フェム社内の模擬店舗

そこで考えたのが、メタバース※上での模擬店舗調査です。仮想空間の中に作った模擬店舗内に被験者の分身であるアバターを置き、アバターが何を手に取るのか、どこで立ち止まるのかといった行動を計測できれば理想的です。技術的にそれが可能かどうかを探ってくださいと、中川さんたちにお願いしています。

※メタバース:ネットワークの中に構築された仮想空間とそこで提供されるサービスのこと。ヘッドマウントディスプレイやPC、スマートフォン、ゲーム機などのデバイスから参加できる。デバイスの進化や5Gの普及で今後さらに発展が見込まれる見込まれるサービス。

中川: 仲田さんの依頼を受け、まずNICOの3DCG事業部でVRのデモコンテンツを作成しました。

3DCGで作られた仮想の店舗の映像をヘッドマウントディスプレイ(Varjo XR-3)でご覧いただくことで、実際に店舗の中にいるような体験ができるというものです。店舗内には洗剤のボトルが用意してあり、実際に自分の手を動かすことでこのボトルを掴むこともできるようになっていました。
デモコンテンツ体験の様子
フェム社員の体験の様子。体験者の視界には3DCGで作られた仮想の店舗が見えています

デモコンテンツの実際の画面
Varjo XR-3のハンドトラッキング機能により、映像内の物体を掴んで自由に動かすことが可能

Varjo XR-3
115度の広い視野と、⼈間の眼と同等の高解像度(70PPD以上)を持つ複合現実ヘッドセット。
▼詳しくはこちらから
XR開発者向けHMD「Varjo XR-3」|西川コミュニケーションズ
VR(Virtual Reality):仮想現実
ヘッドマウントディスプレイなどを装着し、視界全体に映像を映し出すことで、実際にその場にいるような没入感を得られる技術です。
▼詳しくはこちらから
「ビジネス活用が進むXR技術とは? VR・AR・MRの違いと活用事例を紹介」

ただ今回のデモコンテンツはヘッドマウントディスプレイやセンサーなどの複数の設備が必要なものであり、被験者が自宅から気軽に参加いただけるようなものにはなっていません。今後、タブレットやPCから参加できるような仕組みを含め、操作性と技術面のバランスが取れた新たな方法を探していくことが必要です。


仲田: そうですね。ひとまず今の技術でできること、できないことがわかったというところでしょうか。やはりオンライン化するメリットは被験者がご自宅からでも参加できるということなので、そこを目指したいです。

中川: ご自宅から模擬店舗調査に参加できるとなれば、これまでフェムに来ていただくことが難しかった方々も参加しやすくなり、可能な調査の幅もぐっと広がりますね。


仲田: フェムの調査対象は女性が中心ですので、働いている女性でも夜にご自宅から参加していただるような仕組みにしたいですね。また保護者の方の同伴が必要となるお子さんの調査も、オンラインならしやすくなるのではと期待しています。

クライアントにとっても、インタビュー時間の設定が自由になることは大きなメリットでしょう。グローバル企業では担当者がいる場所の時差の関係で夜中の調査を希望される場合もありますので。

さまざまな属性の方へのリクルートがしやすくなり、調査の幅も広がることで、さらに有用な調査ができるようになればと考えています。


中川: 技術面から見ると、データの利活用がしやすいという点もオンライン化のメリットだと考えています。デジタル空間での調査となれば、ユーザーが店舗内をどう動いたか、何をどれだけ見たかといったデータもすべてデジタルで処理されるので、それらをAIに落とし込むことがスムーズになります。

NICOではAIを使った自然言語処理技術も開発しています。自然言語、つまり私たちが日常的に使っている言葉の中にどういった価値観が含まれているのかを数値化するという技術です。被験者の言葉を集めて数値化することで、これまで見えてこなかった新たな傾向や価値観が見えてくるかもしれません。

▼NICOの自然言語処理技術について、詳しくはこちらから
NICOのAI領域を担う「soda」プランナーに聞く AIのビジネス活用へのカギを握るのは、「テクノロジー×顧客×データ」の3つの視点

さらに買い物行動自体の変化への対応もできるのではないでしょうか。現在でもECサイトで商品情報を見てから実店舗でお買い物という方は多いのですが、これがECサイトではなくメタバース上のバーチャルショップに変わっていくのではと予想されています。メタバース上で模擬店舗調査が可能になれば、店舗に行く前の、オンラインで商品を検索している段階の消費者の深層心理の部分を理解することにもつながるかもしれません。

このほか、リモートでの調査は被験者の数や調査件数も増やせるため、課題や被験者の絞り込みをするフィルタリングのような形で活用するというということも考えられますね。

またドラッグストアからスーパーマーケットへの変更など、事前にデータを準備しておけばロケーションや商品もその場で簡単に切り替えられるので、調査のバリエーションが増やせます。

仲田: ただここで重要なのは、すべてオンラインでの調査に変わることはないということです。オンラインでの調査では、実際に商品を手に持った感触やにおいといった感覚的なデータは収集できませんので、そういった調査はやはりリアルで必要になります。

中川: そうですね。感触やにおいといった部分に関しては、まだまだ技術が追いついていません。

仲田: やはりオンラインとリアル、どちらの調査にもプラスの面とマイナスの面があります。言葉や動作、表情から心の奥にあるものを取り出すのが定性調査のポイントですから、オンラインでの調査がすべてに変わることはないと考えていますが、そのときの調査目的に応じてプラスの方を選んでいけたらと思っています。

オンラインとリアルを行き来する、定性調査の未来

中川: 調査会社という業界全体で見るとどうでしょうか? その場合もオンラインとリアルの調査を使い分けていくという流れなのでしょうか。


仲田: クライアントがどんなデータを望むかによるのではないでしょうか。今はどこの調査会社でも当たり前にオンライン調査を取り入れていますが、オンラインでやりやすいのは1on1のデプスインタビューです。グループインタビューは通常5~6人で行いますが、どんなに優秀なモデレーターでもオンラインでその人数をコントロールするというのは難しいのです。

フェムではもともとクライアントの要望でこのデプスインタビューを多く実施しているのですが、日本のメーカーはグループインタビューの方が多いです。調査の手法は各企業のニーズによって選択されるので、調査会社のオンライン化がどこまで進むかは、クライアント側がデプスインタビューをどれだけ必要とするかに左右されるでしょうね。


中川: やはりそこも被験者の言葉や動作、表情などまで収集できる方法であることがまず重要であるということですね。


仲田: デジタル技術がさらに進化して小売りの現場も変わり、それに応じた調査の手法が増えていくということはあれど、定性調査の定性調査たるゆえんはまったく変わらないと思います。

フェムが目指しているのも、定性調査の完全なオンライン化などではありません。あくまでも対面でのコミュケーションをベースに、デジタル技術を併用することで、調査の場所や時間、内容などの選択肢を広げてより有用な調査をしていくことですね。


中川: まだまだメタバースでの模擬店舗は開発がはじまったばかりですが、NICOも全力でサポートしていきます。今日はありがとうございました。

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仲田恭子

株式会社フェム マーケティングハウス
最高顧問

(株)日本マーケティング研究所にてメーカー調査を担当。10年間在職後独立し、1983年フェムマーケティングハウス創業。
リサーチャー、モデレーターとして従事のなか2000年外資系消費財メーカーのCore Agencyとして認定を受ける。爾来、模擬店舗開設やアイトラッキング調査など新手法に取り組みながら定性調査に特化した事業を推進。2021年代表取締役退任後、現在に至る。

中川裕朗

西川コミュニケーションズ
フェム マーケティングハウス担当 役員補佐

2000年代にデザイン事務所でグラフィックデザインを担当後、当社にて流通・小売業のデジタルコンテンツをメインに販促全般のディレクターおよび企画営業を担当。現在グループ会社のフェムマーケティングハウスに出向し、システム開発や経営企画に携わり両社のシナジーの最大化に向けPMIに着手。