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AIが切り開くリテールの未来【第2回】潜在需要を掘り起こす、新たな商品レコメンド
AI 2022.03.29

AIが切り開くリテールの未来【第2回】潜在需要を掘り起こす、新たな商品レコメンド

 2021年、西川コミュニケーションズは「リテールAIアワード2021」(主催:一般社団法人リテールAI研究会)を受賞いたしました。これは AIの導入・DX推進において先進的な取り組みをしている会員企業に対して贈られるものであり、当社が現在実用化を目指して取り組んでいる新たな商品レコメンドを高くご評価いただいた結果となります。

 第1回ブログでは受賞に至るまでの当社のリテールサポートの道のりと、リテール分野におけるAIの活用についてご説明しました。続く第2回では、受賞の対象となった先進的な商品レコメンドの詳細について、引き続き当社でリテール分野のAI活用を進めている大澤洋一郎に聞きました。

第1回の記事はこちら

リテールAIアワードを受賞した「新たな商品レコメンド」とは

―――新たな商品レコメンドとは? をお聞きする前に、前回の内容を軽く振り返ります。西川コミュニケーションズでは、もともとリテール(小売流通)クライアントの情報伝達のお手伝いを長くしてきたということでしたね。
大澤: はい。当社のルーツでもある印刷からスタートして、さまざまな経験をクライアントと一緒に積み上げてきました。当社の成長はリテールクライアントのビジネスとともにあったといっても過言ではありません。

そしてこの先も変わらずお役に立ちたいと考えたとき、やはり欠かせないのがAIの導入やDXの推進です。そこで当社では一般社団法人リテールAI研究会に正会員として加入し、リテールの未来を切り開く新たな技術について取り組みを続けてきました。


―――リテールAI研究会とはどのような研究会なのでしょう。
大澤: 流通業界に関わる企業における、AIテクノロジーのビジネス活用やDXの推進を目的に設立された一般社団法人です。流通関連商材のメーカーや卸、小売業、テック企業といった企業250社以上が参加して、セミナーや実証実験などさまざまな活動をしています。

その会員企業の中でも、AIの導入・DX 推進において積極的な取り組みをしていると評価された会員企業に贈られるのが「リテールAIアワード」です。今回は当社が会員企業様と協働で取り組んでいる新たな商品レコメンドに対して高い評価をいただき、受賞となりました。


―――では、その新たな商品レコメンドとは、どのようなものでしょうか?
大澤: 商品それぞれが持つ価値観のキーワードを元にして、顧客への商品提案を行っていこうというものです。価値観や嗜好といった切り口により、お客様自身も気づいていなかった潜在的な需要を掘り起こし、思いがけない商品との出会いを提供できるようになればと考えています。


―――商品レコメンド自体はすでに一般的に行われていますが、従来型レコメンドとの違いはどこにありますか?
大澤: 従来型の商品レコメンドは、過去の購買履歴をベースにしています。例えば、キャベツを購入された方にドレッシングをお勧めする。カレールーを購入された方にじゃがいもをお勧めする。これを買った人の多くがこれも買っています、というデータをもとにした過去の顧客行動をベースとしたレコメンドであり、比較的、見当のつく組み合わせが多い傾向となります。したがって、レコメンドしなくても、もともと購買する計画であった場合も比較的、多いでしょう。

それに対し、この価値観による商品レコメンドは、商品そのものを説明するテキストデータを起点にしています。商品の説明文の中から「健康志向」や「こだわり」といったその商品が持つ価値観を抽出し、こんな価値観や嗜好の商品がお好みなら、こちらもお好みではないですか、とこれまで気づきにくかった好みの商品を提案し、発見できる仕組みです。

―――商品そのもののデータを活用することで、どのようなメリットがあるのでしょう?
大澤: 購買履歴に基づいたレコメンドはこれまでにもさまざまに行われてきました。しかし、この手法には大きな課題がありました。発売されたばかりの新商品や、一部の人からは高需要だけれど頻繁に売れるわけではない高付加価値な商品など、購買履歴がない、または少ない商品はなかなかレコメンドされないということです。新商品がレコメンドされない問題はコールドスタート問題と呼ばれ、クリアすべきリテールの課題として存在してきました。

一方で、商品そのもののデータというのは、顧客の行動に左右されません。購買履歴ベースではレコメンドできなかった商品も、商品そのものが持つ価値観という文脈を新たに与えることでレコメンドが可能になりますし、気づきを促すことで潜在需要の掘り起こしが実現できるのです。


―――なぜ、購買履歴ではなく、商品そのもののデータに着目したのでしょうか。
大澤: 実はもともと、当社では自然言語処理による課題解決に取り組んでいました。

これまで商品説明文は自然言語処理の分野であまり活用されてこなかったのですが、各商品の特徴や売りを表現した文章であり、感性や価値観などの情報が豊富に含まれていますので、売り場づくりなどマーチャンダイズ全般だけでなく、先に述べたレコメンドの課題解決に活用できるのではと考えたのが着想の発端です。


―――現場の課題と技術面、双方からの気づきだったのですね。
大澤: 商品レコメンドに限らず、リテールAIの分野で活用されてきたのは主に顧客の行動データです。ID-POSや商品分類、導線解析、最近ではAIカメラによる顔認識や棚割り画像の欠品検出などなど、データ活用は活発に行われてきたのですが、いずれも顧客の行動データでした。

その一方では、先に述べたように商品説明のテキストデータはあまり活用されていない現状があります。レコメンドの分野において、顧客の行動データのみではコールドスタート問題や購買履歴の少ない高付加価値商品に対応できていない。であれば、顧客の行動に左右されない商品情報を活用することで、従来の手法でカバーできないレコメンドの問題を解決できるのでは、と考えたわけで、現場の課題と技術の動向、双方の背景があって生まれたものですね。

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価値観による商品レコメンドの仕組み

―――では、どのような仕組みで商品がレコメンドされるのかを教えてください。
大澤: まず今回のレコメンドの試みは、スマートストアでのお買い物の際にスマートショッピングカートというレジ機能を備えたお買い物カートのタブレット画面に表示されます。スマートストアとはスマートショッピングカートはじめさまざまなテクノロジーを活用して売り場の省力化や最適化を図る新たな実店舗の形態で、今後もますますの発展が見込まれるリテールAIのトレンドです。
スマートストアの詳細は第1回記事を参照ください

通常の仕組みは、店頭で、顧客が購入する商品を手に取ってスマートショッピングカートでバーコードをスキャンすると、カートに設置されたタブレット上に購入商品の品名や価格などの情報が表示されます。今回のレコメンドでは、通常の購入商品の情報に加えて、そのスキャンした購入商品が持つ価値観タグと類似度の高いレコメンドの対象となる商品が、同じタブレット画面上の別枠で表示される仕組みになっています。

―――商品ごとの価値観タグはあらかじめ設定してあるのでしょうか?
大澤: はい。事前に商品説明文を分析し、商品ごとに価値観タグを付与しておきます。
例えば新商品で「丸5日間じっくりと熟成させた豊かな香りのこだわりデミグラスソースに...」という説明文を持つレトルトカレーがあるとします。この説明文から商品の価値観に該当する部分の「豊かな香り」や「こだわり」が抜き出され、価値観タグが付与されます。

そして、例えば「豊かな香り」や「こだわり」といった、そのレトルトカレーと類似度の高い価値観タグを持つワインをスキャンしたとしましょう。その際に、「豊かな香りがお好みのこだわり派のあなたへ!」といった価値観のフレーズとともに、「〇〇厳選 豊かな風味こだわりレトルトカレー」もいかがでしょうか、と商品を提示するのです。

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―――スマートショッピングカートでスキャンして、レコメンドの対象となる商品を表示する仕組みなのですね。
大澤: はい、ですから店頭実証実験は、スマートショッピングカートの活用にご協力いただける小売業と、最適なレコメンド商品選定にご協力いただけるメーカー様のご協力が不可欠でした。そこで2020年12月、この基本的な仕組みをリテールAI研究会の全体セミナーにてプレゼンテーションし、実証実験に向けた分科会をスタートさせるべく参加企業を募りました。
結果、メーカー6社とスマートストアを持つ小売業1社に参加いただけることになり、それぞれがリソースを出しあって実証実験へと駒を進めることができました。 

  • メーカー6社⇒商品説明文データの提供、レコメンド商品の選定など
  • 小売業⇒実験店舗やレコメンド端末の提供など
  • テック(当社)⇒企画・技術開発など

分析だけでなく運用現場も重視した店頭実証実験

―――分科会はどのように進められたのでしょうか?
大澤: 分析フェーズと店頭実験フェーズの2段階で進行しました。

■分析フェーズ
メーカーから提供された商品説明文で価値観タグ分析や類似ベクトル分析を実施。結果をもとに協議を重ね、レコメンド対象商品およびその商品が表示される引き金となるレコメンド元商品(スキャン商品)を価値観の類似度を中心に選定しました。

■店頭実験フェーズ
実際にスマートショッピングカートを利用してお買い物をされたお客様を対象に約2ヶ月間、レコメンド対象商品を画面表示する実証実験を実施。レコメンドの有効性について実験しました。

例えば、ごま油を手に取ってスマートショッピングカートでスキャンすると、ごま油につけられた「ヘルシー」「上質」「まろやか」といった価値観タグをもとに糖質ゼロビールの情報がピックアップされ、カートに装備されているタブレットのお知らせ枠に表示されました。
この画像をタッチしてもらうとさらにポップアップ画面が表示され、そこに該当商品の売り場のお知らせが入っていました。

また、厳選カレールーをスキャンした場合は、価値観タグ「芳醇」「香り豊か」から上質なワインがサジェスチョンされるようになっていました。

―――この価値観の類似度が高い、糖質ゼロビールやワインを買っていただこうという狙いなのですね。
大澤: 購入の気づきを与えられて、潜在需要が掘り起こされた際に、レコメンドされた商品を探しやすいよう、売り場にはタブレットに表示される画像と同じアイコンをPOPにして対象商品につけたり、レコメンド対象商品のフェイスの面積を増やすなどの対応をとっていただきました。

レコメンド商品の分析や、それがきちんと表示されるかといった技術面はもちろんとして、こういった売り場の対応も重要です。この運用現場の確認と対応は、リテールAI成否の生命線といえますね。


―――店舗の運用とかみ合っていることが重要になるわけですね。
大澤: 売り場のチェックはさまざまな面で重要になります。例えばレコメンドしたい商品Aと、商品Bの類似度が高いという結果が分析上では出たとします。ところがお店によっては商品Bを扱っていないとか、扱ってはいるけれど非常に目立たないところにあるということもあります。店舗の現実的な面やメーカーの状況、意向もくみ取ることが必要になってきます。

この分析の結果と運用現場のギャップをどう埋めていくかは、AI技術の応用全体の課題ですね。第1回のインタビューでもお話ししましたが、やはりデータ分析とそれをもとにした施策を組み合わせて何をしていくかが大切で、分析上のデータを生かすも殺すも運用現場に伴ったカン・コツ・経験が重要になってくるのだと思います。

今回の結果をもとに、店頭実証実験は第2期へ

―――今回の実証実験ではどのような結果が得られましたか?
大澤: 価値観によるレコメンドの有効性が確かめられました。比較検証としてあえて類似度の低い商品もレコメンド対象商品に加えていましたが、レコメンド元商品とレコメンド対象商品の組み合わせにおいて、類似度の高い組み合わせ群と低い組み合わせ群の比較をした結果、カートの画像タッチ数の傾向、併売傾向ともに分析からわかったこととして、類似度が高い組み合わせ群のほうに優位な差が見られました。

同時に改善点も得られました。これから分科会活動はそうした改善点も盛り込んで第2期の店頭実験へ進みます。


―――第2期の実証実験では、どのような改善点を盛り込んでいくのでしょうか?
大澤: まずひとつはレコメンド自体の気づきの強化ですね。
具体的にはタブレットを見ていただくための工夫です。商品スキャン時に鳴る確認音は何をスキャンしても同じ音だったのですが、レコメンド元商品をスキャンした際は違う音を鳴らして、気づきを促すことを考えています。

ふたつめは、価値観タグのもとになる商品説明文の見直しです。
商品説明文が機能的なものや容量・成分に関するものばかりになると、商品が持つ価値観を捉えるのが難しくなります。今回の実験で使用した説明文はきちんと価値観を捉えていないものも見られたため、説明文を見直して価値観タグの精度を向上させていくことが必要です。

今後に向けた改善としては、価値観タグ生成のアルゴリズムやモデルの見直しも進めていきます。引き続き小売業やメーカー、そして当社とがそれぞれリソースを出し合いながらのチャレンジとなります。

―――第2期実験の分科会参加企業は第1期実験と同様ですか?
大澤: 第2期に移行するタイミングで全社継続して参加いただけるばかりか、実は新たに2社のメーカーに参加いただけることになりました。

―――それだけこのレコメンドが期待されているということですよね。
大澤: やはり新商品や高付加価値商品のレコメンドが可能になるという点に興味を持っていただけるようですね。

価値観によるレコメンドは単なる「レコメンド=推薦、おすすめ」を超えた「サジェスチョン=提案」だと思っています。これを実現すればコールドスタート問題のクリアや、高付加価値商品のレコメンドが可能になります。すなわち、従来のレコメンドでは難しかった、潜在的な購買欲求を刺激して購入点数や購入単価を上げることができるようになるのです。人口減少を踏まえれば、客単価アップは生命線となってきますので、期待は自ずと大きくなるわけです。

小売業としても、メーカーとしても、もう1品でも多く、もうワンランク上の商品へと客単価をアップさせていきたいわけで、潜在需要を掘り起こす、より質の高いレコメンドができるこの取り組みにポテンシャルを感じていただけているのではないでしょうか。


―――では最後に、今後の展望についてお聞かせください。
大澤: 分科会のスタート以来、参加企業チームメンバーはそれぞれのリソースを出し合い、業種の垣根を超えた協力による、非常に強固なチームワークにて一歩ずつ前進してきました。第2期の実証実験に立ち向かうチームの絆は、さらにパワーアップすることは間違いありません。どうぞご期待ください。

リテール分野ではAI活用が急速に進んでいますが、AI時代が到来しても「現場にこそ、さまざまなアイデアの源泉がある」という信念は変わりません。数十年におよびクライアントとともに積み重ねてきたリテールサポートのカン・コツ・経験を生かしながら、お世話になってきた小売流通業のクライアントへの恩返しをしていきたいと思っています。

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大澤洋一郎

西川コミュニケーションズ株式会社
デジタルトランスフォーメーション・サービス
クライアントサービス・ディレクター

2000年代前半、大手量販店のハウスエージェンシーにて販促物全般を担当後、
当社に籍を移した2000年代半ば以降、リテール領域全般において、販促物の企画提案はもとより店頭マーケティング立案を手掛ける。 2010年代にはリテールにおけるデータ利活用によるソリューションとそれを根拠とした店頭マーケティングを実施して成果をあげ、 現在はデジタルトランスフォーメーション事業部にてアドテクノロジー、デジタルメディア、システムソリューションにおけるクライアントサービス業務を統括。
リテールAI研究会における当社のプロジェクトマネジメントを主管する。